時代の最先端を走ってきたアイアンマン
アイアンマンU.S.A.発行人
ジョン・バリック
by IRONMAN MAGAZINE Publisher, John Balik
 アイアンマン誌は、ネブラスカ州のアリアンスという町で1936年にピアリー&マーベル・レイダー夫妻によって創刊された。
  創刊号の発行部数はわずか50部。当初は夫妻の家の食堂のテーブルの上に乗せられていた複写機を使って印刷されていた。
  わずかそれだけの部数でスタートしたアイアンマンだったが、ウェイトリフティングについて、ボディビルについて、パワーリフティングについて数々の情報を発信し、人々を啓蒙してきたのである。
 アイアンマンが創刊されて最初の50年間はボディビル、パワーリフティング、ウェイトリフティングの3つの競技にスポットを当て、同時に一般の人たちの生活向上を目指すためのトレーニング情報を中心に発信されていた。
  もともとアイアンマンには「身体の健康は精神の健康に影響を与え、結果的にその人の人間性にも多大な影響を及ぼす」という主張があった。だからこそ、エクササイズや栄養に関して無数の情報を人々に提供し、トレーニング界のリーダー的存在としての地位を確立することができたのである。
 1950年代初期、アイアンマンは女性のためのウェイトトレーニングに関する記事を掲載した。当時、女性のためのウェイトトレーニングについての記事はどの雑誌にも紹介されていなかった。そのため女性のフィットネス意識を呼び覚ますこととなったこれらの記事は、アイアンマン誌が最初にやったことなのである。
  当時の“常識”からは考えられないことであったが、アイアンマンは妊婦のためのトレーニングまでをも紹介した。「妊婦に適したウェイトトレーニング」や「ウェイトトレーニングが妊婦にもたらす様々なプラスの作用」を紹介し、アイアンマンは時代の最先端をひた走っていたのである。
 事実、その25年後、数々の雑誌で妊婦のためのウェイトトレーニング情報が紹介されるようになったわけだが、1950年代に既にそれらの情報を発信していたのはアイアンマンだけだったのだ。
 アイアンマンはまた、1950年代後期から60年代初期にわたって、ミルクや卵を原料にした高品質のタンパク質の有用性について語った初めての雑誌でもある。さらに、液状のアミノ酸を紹介したのもアイアンマンが初めてであった。
  最新の栄養学、トレーニング学が紹介されていたアイアンマンは、この頃までに購読者数を3万人以上まで増やしたが、レイダー夫妻は決して発行部数を伸ばすためだけの編集や営業活動は行なわなかった。つまり、流行の情報や奇抜な情報、うわさ話などによって読者の注目を浴びようとはせず、むしろ根拠や理論に基づいたトレーニング&栄養学の情報を発信し続けたのである。
 アイアンマンのそのような姿勢は読者の口コミで広がり、その結果、タイムリーで知的で、信用できるトレーニング情報を求める人々たちに愛読されるようになったのである。
 1980年代初期、レイダース夫妻は70歳代に入っていた。思えば50数余年間にわたって隔月のアイアンマンに力を尽くしてきた彼らも、彼らの意志を継ぐ次の世代にアイアンマンを託す時期が来たのだ。
 私がアイアンマンに興味を持つようになったのは1970年代の中頃である。彼らの育ててきたアイアンマンの権利をどうにかして手に入れるために、私は彼らと何度も何度も繰り返し交渉を続けた。私の夢がかなったのは1986年の8月のことだ。
  こうしてついに50年にわたるレイダース夫妻が作り上げてきたアイアンマンと彼らの意志を、私は引き継ぐことになったのだ。
 私が引き継いだばかりの頃、購読者の数は3万人だった。この頃はまだ海外での発行は行なわれておらず、レイダース夫妻が発行していたときと同じように隔月誌だった。ページ数も平均すると96ページだったし、表紙以外はすべてモノクロ印刷だった。
  それから13年後、アイアンマンは世界各地で発行され、販売されるようになった。英語圏で販売されている英語版のアイアンマンは22万5千部、それ以外に日本語版、イタリア語版、ドイツ語版、アラビア語版、そしてロシア語版が発行されているのである。

アイアンマンU.S.A.

[back]